一番近くの理想境
音楽を通じて伝えたい想い
はじめまして、作詞・音楽クリエイターの金凪風音(かんなぎかのん)です。
幼少期、「早く消えたい」と毎日願うほどの孤独の中にいた私は、少林寺拳法の創始者・宗道臣先生の「天国なんて死んでから行くところじゃない、みんなでこの世に極楽(理想境)を築こうじゃないか」という言葉に出会い、ずっと冷たいと思っていた世界が、もしかしたら私が思う以上に温かいのかもしれないと、周りを見直すきっかけになりました。
人は生きている限り、必ず誰かと関わり、繋がっている
──だとしたらなぜ、私にはあの消えてしまいたくなるほどの孤独な経験が必要だったのだろう?そう自問したとき、この痛みや気づきを形にしてみたいと感じ、作詞作曲を始めました。
私が目指すのは、すべての人がお互いを認め合い、譲り合い、響き合う「調和の世界」です。
楽曲のなかには、少林寺拳法の考え方や宗道臣先生の言葉から着想を得た表現が、実はたくさん散りばめられています。「あ、ここはあの教えかな?」と、ぜひ宝探しのように楽しみながら聴いていただけたら嬉しいです。
YouTubeやSpotify等で配信中の私の音楽が、かつての私のように孤独を感じている人の心にそっと寄り添い、世界をほんの少しでも優しく照らす架け橋になれたら幸いです。
2025.12.04
この曲は、少しずつ小さくなっていく家族の手を握りながら紡いだ、切なくも温かい愛の物語です。忘れていく辛さと、忘れられる苦しさ。心が壊れそうな日々の中でも、かつて愛してもらった記憶と、「大好きだ」という想いは決して消えません。
そんな想いを歌にしました。
2025.12.11
遠くの戦争に心を痛めながら、私たちは身近な人に腹を立て争ってしまいます。
自分を『ヒーロー』だと信じ、相手を『悪』だと決めつけたとき、人の心は簡単に残酷になってしまいます。けれど、私たちには伝える言葉があり、想いを繋ぐ手があるはずです。
自分の正義を振りかざす前に、ほんの少し相手の言葉に耳を傾けられたら、世界はもっと優しくなるかもしれない。すべての人がお互いを認め合い、響き合う『調和の世界』を目指して紡いだ、魂のメッセージソングです。
2025.12.18
誰にも言えない痛みで、独り泣いていた夜を越えてーー。
暗闇の先で見つけた、やさしくて温かい光。
「生きていくこと」の痛みに寄り添い、苦しかった過去の自分さえも愛おしむ、命の救済の物語。
全ての感謝と愛を込めて、幼い頃の私へ、そしてもし今、あなたが孤独を抱えているのなら、この想いが届きますように──「生きててくれて、ありがとう」
2025.12.25
「死んだら天国に行けますように」そう祈る祖母に、私はこんなに近くにいるのに、それではダメなの?と幼心に、ずっと不思議でした。
「この世に理想境を築こう」という言葉を聞いた時、死後の世界に幸せを求めて待つより、今そばにいる大切な人と笑い合いたい。
そんな思いからできた一曲です。
2026.01.22
この曲は、自分の本音を隠し、演じることで心を守ってきた「かつての私」のお話です。
あまりにも完璧に役割を演じ分ける自分に、「二重人格なんじゃないか」と、不安に慄いた時期もありました。
常に矢面に立って、私の心を守ってくれていた「ピエロ」は、今では愛おしい私の一部です。
自分の人生を生きたいと願う人の心を照らす一曲となりますように。
2026.01.27
大切な人が隣にいない現実を受け止めるのは、本当に苦しくて、時間がかかるものです。けれど、その悲しさは、あなたがそれだけ相手を深く愛したという証拠でもあります。
「君を忘れたいわけじゃない、ただ前に進みたいんだ」
過ごした時間を無意味にしないために、泣き疲れた夜を越えて、悲しみさえも「愛の形」として抱きしめて歩み出す物語。失恋や別れの痛みの渦中にいる人、そして新しい一歩を踏み出したいと願うすべての人の心を、温かい夜明けの光で照らす一曲です。
2026.01.29
この曲は、傷つくことを恐れず、壊れた夢の欠片さえも光に変えて「私は私のままで進む」と決意した人の物語です。
転んでも、笑われても、立ち上がる。その先でまた誰かと最高の笑顔で会うために、止まれない心が未来を掴みにいきます。今、新しい挑戦を控えている人、自分の人生を突き進みたいすべての人の背中を力強く推す一曲です!
2026.02.03
自分が子供の頃に見ていた大人の世界と、大人になってから見る子供の世界。
子供の頃に見ていたものと、大人になってから見るものは、たとえ『同じもの』であっても違って見えました。
ましてや、互いに『見たことのないもの』を抱えているのなら、時に相容れなくても当然かもしれません。
違いを分断と捉えるのではなく「時間軸が違うだけで、みんな同じ道を歩んでいる仲間」と信じる、世代の分断を超えた調和の物語です。
2026.02.10
「お姉ちゃんでしょ?」
その言葉に、傷ついたことはありませんか?
ずっと「大事にされてないのかも」と傷つき、抱きしめて欲しかった子ども時代。
けれど自分が親になって、子供の時には完璧に見えていた大人が、自分と同じ、ただの人だと気づいた時、過去の出来事が書き換えられる感覚を味わうでしょう。
長男・長女としての痛みを抱えて生きてきた人、そして今、子育ての中で「優しい親になれない」と自分を責めているすべての人へ届けたい、命の和解と救済の歌です。大切な人を抱きしめながら、ぜひお聴きください。
2026.02.12
歩幅も違えば、考え方も違う。足並みを揃えようとするほど、心はバラバラになっていく。
一人で行く方が、きっと早くて気楽です。だけど、一人じゃ辿り着けない遠い未来へ行くために、私たちは言葉を持ち、想いを持って生まれてきました。
不揃いなままで、お互いに「半歩ずつ」譲り合えたなら、私たちはきっとどこまでも、それこそ理想境だって一緒に行けるのではないでしょうか。
少林寺拳法の「半ばは自己の幸せを 半ばは他人(ひと)の幸せを」を歌にしました。
チームや家族、大切な人との「すれ違い」に悩むすべての人へ届けたい、凸凹な僕らのための温かい共生ソングです。
2026.02.17
自分の可能性を、自分で決めつけていませんか?
自分で自分を信じられないような人を、あなたは信用しますか──?
少林寺拳法の教えでは、「人間は誰もが無限の可能性を秘めた『可能性の種子』である」と言われています。
どんなに美しい花も、条件が揃わなければ土の中で眠ったままです。
あなたの中にも、まだ見ぬ可能性が必ず眠っています。人は、「変わりたい」と決心したら、いつだって変わることができます。魔法なんかじゃない、あなたがあなたの未来を「決める」だけ。
歳なんて関係ない、だって今この瞬間が、これからの人生で一番若いんだから!
聴くだけで胸の奥が熱くなり、一歩を踏み出す勇気が湧いてくる、最高にパワフルなエネルギーソングです!
2026.02.19
「自分より下がいる」「誰かを蹴落とせば、上に立った気がする」
否定されたくなくて、弱い自分を守るための行動だったのかもしれない。
でも気づいた時には、周りには誰もいなくなっていたーー。
これは、私の身近にいる実在の人の、人間関係がうまくいかない、常に自分を卑下するくせに、プライドは高くて、生きづらそうだなぁと思う人がモデルでした。
いきなり強くはなれないし、まだ自分の価値は信じられなくても。
それでも、もう誰も傷つけない自分でいたい。
そんな提案を元に作詞しました。
他人との比較に疲れ、自分を嫌いになりそうなすべての人の心を救い、新しい生き方を指し示す一曲になれれば、幸いです。
2026.02.24
スマホの画面を見て、誰かの「最高に楽しい瞬間」と、あなたの日常を比べるなんて、不公平で意味がないことだと思いませんか?
他人の物差しに振りまわされるのではなく、世界に一つだけの「自分の物差し=自分自身」を信じませんか?
少林寺拳法では、誰かと比べるのではなく、「自己確立」を目指します。
基準となる自己をしっかり持つことは、何者にも変え難い味方となるでしょう。
SNSの海に溺れそうな人へ、全力で太鼓判を押す、元気100%のエネルギーソングです!
2026.02.26
「やってみなきゃ分からない」
それも確かに一理あるけれど、「やってはいけない過ち」を、私たちは歴史から学ぶことができます。
弱肉強食の世界で、屈強な強者たちが絶滅していく中、私たち人間が生き残れたのは、互いに「手を取り合った」からではないでしょうか。
人は、相手とまったく同じ痛みを経験することはできません。けれど、誰かの悲しみに寄り添うことも、自分の行動がどんな結果を招くのかも、あらかじめ頭の中で『想像する力』を誰もが持っているのです。
少林寺拳法の開祖「宗道臣」先生は、常に想像力・感性を鍛えろと言われました。他者を思いやる感性を磨くことこそが、本当の強さの本質だからです。
過去に戻ることはできなくても、私たちは「どんな明日を迎えるか」という未来を選ぶことができます。
人が人間であるための最大の力=想像力を信じて、温かい未来を共に創造していきましょう。
2026.03.03
この歌詞は、少林寺拳法の開祖「宗道臣」先生の「削っても削っても、剥がれないほど分厚く重ねたら、それはもう本物と同じじゃないか」という言葉から考えた作詞です。
開祖の語録の中でも、たとえ才能がなくても努力をすれば、コツコツ続ければ報われる、どんな人でも変われると言われているようで、私の好きな言葉の一つでもあります。
いつか輝く日を信じて、一緒に歩み出してみませんか?
2026.03.10
協調性をおもんじる社会の閉塞感の中で、自分らしさを見失っていませんか?
この歌詞は私が10代の頃に感じていたことを歌詞にしました。
人間は凸凹だからこそ噛み合うという想いを込め、空気を読んで小さくなっている人の背中を押す一曲になれば嬉しいです。
2026.03.17
未来は過去、そして「今この瞬間」からの延長線上にしか存在しません。
未来は変えられる可能性があるというだけで、何もしなければ同じような日々が続いていくのです。
過去は考え方、捉え方が変われば、一瞬で意味を書き換えることができるのに対し、未来は自分の今までの生き様が反映されるので、簡単には変えられない。
けれど変わりたいのであれば、『今』だということが伝われば嬉しいなと思いながら作詞しました。
2026.03.19
これはわかる人にはわかるかな(笑)
少林寺拳法の脚下照顧(きゃっかしょうこ)を歌にしました。
私の母はいつも靴を揃えなさいと言っていました。
その本当の意味を知ったのは、脚下照顧という言葉の意味を知った時でした。
ただ靴を揃えろという意味ではなく、自分の足元を見つめなさいという意味があると聞いて、深いなと思った教えです。
『脚下照顧』この言葉が、あなたの明日を支える言葉になりますように──
2026.04.07
この歌詞は、私が介護施設で働いている時の実話です。
Kさんはとても優しく、口調も穏やかで、暴力的なこととは無縁な人だろうなぁと、私は勝手に思っていました。
うたた寝から飛び起き、叫び声を上げるKさんに駆け寄ると、手をこすりながら、「今でも悪夢にうなされるんだ」と泣きながら告げられた時、戦争はまだ終わっていない、こんなにも人の人生を狂わせてしまうものなのだと、恐怖を感じました。
そんな未来は絶対に回避したい、そんな想いを歌詞に込めました。
2026.04.09
この曲は、私の人生における、完全な実話です。
あまりにも辛く、いつまでも前に進めない自分自身の後悔と、果てしない懺悔を、ただ必死に整理するためだけに書き留めました。
そのため、これまでの楽曲とは大きく雰囲気が異なり、聴く人を戸惑わせるかもしれません。
しかし、どんなに深く苦しいことでも、目を背けずに「辛い」と形にすることで、私の心が少しだけ軽くなったのも、また紛れもない事実です。
本来であれば、発表する予定のなかった曲ですが、「どれほど深い闇の中にいても、自分の本当の気持ちを表に出すことで、心は少しだけ軽くなる」──その大切な事実を、いま同じように言えない痛みを抱えて立ち止まっているあなたへ伝えたくて、ここにそっと置くことに決めました。
2026.04.14
言った人は忘れても、言われた人は忘れられない。
これは本当によくある、あるあるなのではないでしょうか。
私も何度も傷つけられましたし、もしかしたら、自分もそんな気はなくても、誰かを傷つけているかもしれません。
少林寺拳法の拳禅一如──心と体は一つのごとし──という考え方を歌詞にしたくて作りました。
目に見えない心も大切にできる、そんな人になりたいと、改めて思いました。
2026.04.23
画面の中に溢れる凄惨なニュースを見ては、未来に不安を抱いていませんか?
基本的にニュースは、「非日常」を取り上げるものです。だからニュースを見て一喜一憂し、不安に囚われるのは、どこか本質からズレているのかもしれません。
そして、メディアが報じなくなるのは、問題が解決したからではありません。世界がその痛みに慣れ、誰も見向きもしなくなったから──それこそが本当に恐ろしい瞬間なのではないでしょうか。
センセーショナルなニュースにばかり目を向けるのではなく、「本当の危険」を察知することが、これからも私たちに求められる能力なのではないでしょうか。